ドイツへ行くきっかけと準備

ミュンヘン−インゴルシュタット間の列車からの眺め
そう。またドイツへ行こうと思い立った。95年の夏の終わりに日本に帰ってきてからずっと、ドイツへは行きたかった。でも、行く機会はなかった。でも、97年の秋だ。来年の夏に1ヶ月くらい行こう、と決めた。きよちゃんに「来年の夏、一人でドイツへ行ってみたいんだけど。」と言うと、二つ返事でOKをくれた。私が一人でもドイツへ行ってみたい、という考えが嬉しかったらしい。きよちゃんは、私は一人では何もできない、と思いこんでる節があるからなおさらだ。
一人でドイツへ行くんだから、ドイツ語ができなかったら困るなぁ、と思いながらも、勉強ははかどらなかった。というより、ほとんどしなかった。
文通友達が、「3ヶ月くらいなら、うちに滞在してもいいよ。」と申し出てくれた。ずっとその友達の家にいるわけではないからだ。実質、その友達の家に滞在するのは1ヶ月くらいだろう。他の友達を訪ねたり、旅行したりするつもりだったからだ。でも、荷物を全部持って移動するのは辛い。拠点が欲しかったところに、そう申し出てくれたのが嬉しかった。
12月になって、某F1ページで知り合ってかれこれ1年たつKちゃんと、98年のドイツGPへ行こうと約束した。彼女はドイツGPのために日本からドイツへ行くことにしていたので、現地で落ち合うことにした。チケットの手配はKちゃんがすぐにしたにも関わらず、12月の時点でもう売り切れ状態だったらしい。キャンセルが出たか何かで、3月になって予約OKの返事が来た。宿の手配は私が(きよちゃんが)した。5月に、ハイデルベルクの小さなホテルに予約を入れた。ハイデルベルクからホッケンハイムまでは、バスか電車で1時間あれば行ける。ドイツGPのために来るKちゃんも、ハイデルベルクに宿を取れば、少しは観光できるから、相談してハイデルベルクに決めた。
3月末に、「あ、そうだ。飛行機のチケットを取らなきゃ。」と思い、インターネットでルフトハンザ指定の3ヶ月FIX格安チケットを見つけたので、そこに申し込む。予定の6月15日は、すでにキャンセル待ちだった。6月22日なら、成田−フランクフルトは予約可、フランクフルト−ミュンヘンがキャンセル待ち、ということだったので、先にこっちに予約を入れて様子を見ることにした。22日はすぐに予約OKの返事が来て、15日をキャンセル待ちにすることができる、と言うので、キャンセル待ちすることにした。2日後、予約OKの返事が来て、22日をキャンセルした。このチケットは、『成田−フランクフルト+3フライト』というやつだったので、もう1フライトできる。そこで、ドイツGPの帰りは飛行機でミュンヘンに戻ろうと思って、8月3日にフランクフルト−ミュンヘンの予約を入れた。
前回行ったとき、メガネでは不便だったので、今回はコンタクトレンズにしようと思って、使い捨てコンタクトも買った。あとは、出発の日を待つばかりだ。