ドイツ人ってこんなもの?(1)

Erdingの小道

Samstag 20. Juni 1998
晴れ 28度

 ドイツへ来て、すでに5日たった。一人で散歩したり、スーパーやデパートへ行ったり、という生活をしていた。

 コンタクトレンズは、スーツケースを探したけれど、やはりなかった。忘れてきたようだ。きよちゃんに電話して聞いたら、やはり横浜に忘れてきていた。送ってくれるように頼んだら今日届いた。

 ここにいるのが苦痛だった。とにかく苦痛だった。お世話になっているのに、こんなことを言うのもなんだけど、友達(M)の話すドイツ語がほとんど聞き取れなかった。だから、何度も聞き直すことになる。最初のうちは、3度か4度繰り返して言うことをしてくれたけど、そのうち、2回言って私が理解できないと、言うのを諦めるようになった。辞書で分からない単語をひこうとしようものなら、「あぁ、もういいよ。たいしたことじゃないから。」と辞書をひくのを制する。それで、一人でぶつぶつ文句を言うのだ。その文句は聞き取れる自分が不思議だ。何しろすごい早口で、ゆっくり言って、と頼んでも、ゆっくり話そうとしてくれない。なんで理解できないんだ?といぶかしがるだけなのだ。

 しょっちゅうアジア人の友達に電話して今の状況を話していた。私が理解できないと思っていたんだろうけど、私は自分に話しかけられているのでなければ、聞き取れてしまうのだ。話してる内容からすると、MはMなりに、私とコミュニケーションをとろうとしてるつもりらしかった。なら、なぜ「ゆっくり話して」と言っても、早口のままなのだろう。私が理解できないとぶつぶつ文句を言うのだろう。、それに、仕事から帰ってくると、テレビ(ちょうどワールドカップの時期だったのが災いした)を見てるか、電話をしてるか、音楽を聴いているか、寝てるか、なのだ。

 私はもう、Mに話しかけるのもいやになってしまった。Mが仕事でいない時間しか落ち着けなかった。私としては、とにかく予定を変更して、Mの家から出て、違う方法を探さねば、と思っていた。

 今いるErdingという町は、ミュンヘンからS-Bahnで1時間弱の町だ。この町に、日本人は3組いるらしく、Mがその中の一人の日本人女性浅野さんを紹介してくれた。その浅野さんが、昨日、ミュンヘンのゲルトナープラッツ州立劇場でやっているオペレッタにつれていってくれた。オペレッタは、オペラよりも短く、コミカルなお話になっていて面白かった。

 浅野さんに状況を聞かれ、説明すると、「そんなことなら予定を切り上げて日本に帰りなさい」と言われた。いくらなんでもそんなことはしたくない。せっかくドイツへ来たのに、1週間やそこいらで帰りたくはない。M一人の印象だけで日本に帰るなんて、そんなのは絶対にイヤだ。それに、イヤなのはMだけだ。ドイツにいること自体は心地いい。だから、「近いうちに、違う方法を探す。とにかく、Mの家から出ても予定通りドイツにいられる方法を探す。」と答えた。