子供達と動物園へ

Pleinfeld: Rathaus

Pleinfeldの市役所と町並み

Mittwoch 1. Juli 1998
くもり時々雨 20度

 今朝は6時15分に起きた。今日はお母さんの受け持ちのクラスの小学生の子供達とニュルンベルクの動物園に行くのだ。7時半過ぎにお母さんと一緒に家を出て、学校へ向かった。今日は曇っているせいもあって、なおさらひんやりとしている。

 学校に着くと、子供達が思い思いに校庭で遊んでいる。お母さんが自分の受け持ちのクラスの子を集めて、教室へ向かった。お母さんの受け持ちは2年生。教室で、今日の動物園への遠足の参加費用を集めていた。なんとか(名前は忘れた)という会員カードを持っていると割引になるらしく、そのカードを持っている子と持っていない子では、参加費用が違うらしかった。

 動物園までは、スクールバスで行くことになっていた。当初は1台で行く予定らしかったが、2年生は2クラスあって、子供達が別々のバスに乗りたがり、2台で行くことになった。私を連れてきたことは、お母さんの判断で、それを学校や、誰かに許可を求めたりする必要はないのだ。手伝いにきた一人のお母さんにも、その場で私を連れてきたことを言っただけ。そのお母さんも、当たり前のように私が来たことを受け入れた。

 バスの座席は早いもの順。最前列から最後列までバラバラに散らばって座っていたので、それを前につめさせただけ。それで、手伝いに来たお母さんと、お母さんと、私、の大人三人が、子供達の後ろに座った。後ろに座ってみて思ったのだが、なぜ日本の学校の場合は先生が一番前に座るんだろう?一番後ろに座った方が、子供達の様子を全部見渡せるのだ。

 バスが走り出して少しして、お母さんが、私のことを紹介した。「私の息子、ラルフのお友達で、日本から来たYumikoよ。彼女はまだドイツ語がよくできないから、丁寧にはっきりとしたわかりやすいドイツ語で話すのよ。汚い言葉はだめよ。」と言っていた。

 私とお母さんの前に座っていた男の子2人、ジモンとアレクセイは、ずっと後ろを向いてお母さんに話しかけていた。子供達は、「先生」とは呼ばず、「フラウ ○○」という風に、普通の大人に対する呼びかけと同じように呼ぶ。私にもとても興味があるんだけど、でも話しかけることができない、という風だった。でも、ジモンが私に一言「日本でもパンを食べるの?」と話しかけてきた。「食べるよ」と答えると、ドイツ語が通じるのがわかったらしく、ちょこちょこと話しかけてきた。

 動物園に着くと、入る前に子供達を並ばせた。が、背の順とかではない。これも早いもの順だ。2人組で早いもの順に並ぶのだが、この2人組は、たいてい決まっているらしかった。でも、男同士、女同士、という区別はない。仲のいい男の子と女の子の2人組もある。

 入ってすぐ、休憩(軽食&トイレタイム)になった。みんな思い思いのものを持ってきている。パンの子もいれば、フルーツの子、クッキーの子もいた。休憩タイムも終わる頃になって、ほとんどの子がトイレへ向かった頃、一人の子が私におそるおそる「食べる?」とクッキーを差し出した。「ありがとう」と言ってもらうと、嬉しそうにトイレへ向かった。

 見る順番も特に決まってはいなかった。クラスでひとまとまりになってまわっていたから、もう一つのクラスがどこをどう見たのかはわからない。見て回るのも、お行儀よく並んで・・・なんてことはしない。クラスがどうにかまとまっていればいいのだ。そうすると、だんだん、一番前を行く子と、一番後ろを行く子の差が開いてくる。そうすると、後ろの方にくっついて歩いているお母さんが、早く行くように促す。それだけだ。

 途中、園内案内図があった。そこで子供達に、何を見たいか聞く。それで順路を決めるのだ。

 ジモンとアレクセイはしょっちゅうお母さんと私の元へ来ては、私に話しかけるチャンスを狙っていたようだった。でも、アレクセイは照れ屋さんで、話しかけるのはいつもジモン。ジモンが私に「てぃーる げふぇーると でぃーる?」と話しかけてきた。「???」何を聞いてるのか分からなくて、何度も聞き返してしまった。「Tier gefaellt dir?」と聞いていたのだ。バイエルン地方では、「R」を発音する。でも、この地方では特に「R」をはっきりと発音するらしく、「てぃーる」と「でぃーる」が分からなかったのだ。「てぃあ」と「でぃあ」と言われればすぐに分かるのだが、「R」を発音されてしまうだけで分からなかった。

 お母さんが、「ジモンはYumikoのことを気に入ってるのよ。」と言っていた。

 もちろん、全員が全員、日本人の私に興味を持っていたわけではない。まったく我関せず、という子もいる。話しかけてきて、私が分からないと、肩をすくめて行ってしまう子もいる。ちょっと興味があって、私のことをじーっと見るんだけど、目が合うと照れ笑いして目をそらす子もいる。

 Pleinfeldは1〜2000人の小さな町なので、日本人は住んでいない。アジア人もいないのではないかと思う。どこにでもある中華料理屋が、この町にはないのだ。だから、この子達にとっては、アジア人自体が珍しいようだ。

 手伝いで来たお母さんですら、日本人の私が珍しかったようだ。日本ではじゃがいもを食べるのか、とか、肉は食べないのか、とか、ビールは飲むのか、とか、いろいろ聞かれた。

 お昼前に再びバスに乗り、Pleinfeldへ帰った。12時半頃学校に着くと、スクールバスで帰る子たちが、バスが帰ってくるのを待ちかまえていた。ドイツの学校はお昼で終わるのだ。

 お母さんはまだこのあと学校に残ってやることがある、というので、手伝いに来たお母さんの車に乗せてもらって家まで送ってもらった。