St. Gallen

散歩道の標識
Freitag 3. Juli 1998
晴れ 27度 / 夜:雨 12度
ところが、「長旅になる」と分かっているこういう日に限って、生理になってしまった。1日目なので特に最悪。腹痛がひどいのだ。ラルフが12時半頃仕事から帰ってきたので、「生理になっちゃった。」と伝えた。「具合はどう?」と聞くので、「おなかが痛い。でも、薬飲んだからだいじょうぶ。」と言うと、「じゃぁ、様子をみながら行こう。」と言って、1時頃Pleinfeldを出発した。途中、何度かトイレの心配をしてくれた。やはり、こういうことは、ちゃんと伝えておくべきだ、と思った。日本では恋愛関係のない男友達にそういうことを普通に言える文化ではない。こういう所も、普通に言えるドイツはいい。
3時頃、ミュンヘンに着いた。ラルフのお兄さんベルントがミュンヘンに住んでいるのだ。ベルントが3時半頃仕事から帰ってきて、ベルントのBMWでSt. Gallenへ向かった。30分も走らないうちに、渋滞に巻き込まれてしまい、ほとんど進まない状態が1時間くらい続いた。やっと渋滞を抜け順調に走り出したが、少し気分が悪くなり、睡魔が襲ってきて(私は車に酔いそうになると睡魔が襲ってくることが多い)寝てしまった。
6時半頃目が覚めると、すでにオーストリアのBregenzで、ボーデン湖の横の道を走っていた。ボーデン瑚の向こうに太陽がオレンジ色に光り、それが湖に反射していてきれいだった。それから少し走ると、スイスの国境。ここにはパスコントロールがある。スピードを落とし止まろうとしたが、行っていいとあごで促され、パスポートを見せることなく通過。スイスに入った途端、雲行きがあやしくなり、あっという間に暗くなって、大雨が降ってきた。ものすごいどしゃぶり。7時半頃にはSt Gallenに着いた。
ラルフが「すぐに戻ってくる」と、私とベルントを車に残して駅へ向かった。15分経っても30分経っても戻ってこない。ベルントも「ラルフは何をやってんだ!?」と少し機嫌が悪い。雨がようやくやみ始めたので、ベルントが車の外にでた。私も車からでようとしたら、「寒いよ。」と言う。出てみると、本当に、すごく寒かった。
8時半になっても、ラルフが戻ってくる気配はない。ベルントと駅まで行ってみると、ちょうど、ラルフが中南米系の女性を連れて現れた。ラルフが「彼女はメキシコから来たRosa」と言うと、ロサは「オラ!」と挨拶した。いきなり、何の躊躇もなく、スペイン語で挨拶する彼女。私は面食らった。
またミュンヘンに帰る。St. Gallenまで、ただ、ロサを迎えに来ただけなのだ。なぜ、St. Gallenまでわざわざ迎えに来たのか不思議でしょうがなかったが、これは後々、ロサのラテンぶりと、ラルフの不可解な行動を目の当たりにして、わけが分かったが、それと同時に自分が日本人だと実感することになるのだ。
帰りは、ラルフとロサが後部座席に座り、私が助手席に座る。二人はずっとスペイン語で会話している。相変わらず雨は降り続いていた。雨の夜のアウトバーン。ベルントは200km/hでとばす。私はスピード狂気味なので、快感だった。
11時にミュンヘンに着いた。今日は、ベルントの家に泊まることになっている。ベルントの奥さんディアナが待っていた。
最初の不可思議な出来事がこの時に起こる。私は居間にマットレスをひいて寝ることになっていた。ベルントは「明日は朝早いから、居間のソファで寝る。ベットで寝ると起きれないから。」と言う。まぁ、それは分からないでもない。この時点で、私と、ベルントが居間で寝ることは決定した。ラルフとロサは、ベルント達の寝室で寝るらしいのだ。だから、ディアナは二人と一緒というわけにもいかないので、「私もソファで寝るわ。」と言い出した。ロサが「私がソファで寝る」とディアナに言ったが、「いいのよ。ロサ、あなたはベットで寝て。」と、さっさとソファに寝てしまった。
ベルントとディアナの寝室でラルフとロサが寝て、居間でベルントとディアナと私が寝る、という、不思議でしょうがない夜になった。