イエリとピンの家へ

フランクフルト郊外のアパート

フランクフルト郊外の近代アパート

 私達が帰るのは29日の火曜日なので、帰る前に、今はフランクフルトの郊外の街に住んでいるイエリとピン姉弟を訪ねることになっていました。イエリとピンは5月6月の2カ月間、同じ寮に住んでいてLessing-Kollegに通っていた韓国人の仲良し姉弟です。

 日曜日の午前中に電車に乗り、フランクフルトからS-Bahnに乗り換え、フランクフルトから1時間くらいの所でした。駅について電話をすると、ピンが迎えに来てくれました。

 ピンとイエリが住むアパートは、上の写真のような近代アパートでした。まだ新しいらしく、とてもきれいで、近代的建物なのに、ドイツらしい見た目です。彼らの住まいは1階と地下のメゾネット式で、庭もありました。

 着いて間もなく、お母さんが用意してくれていたお昼ご飯をいただきました。韓国の料理なので、日本の料理に似ています。もちろんお箸で食べます。キムチも出てきました。お母さんは若い頃、日本に来たことがあるそうで、親日家のお母さんでした。

 それから、地下にあるピンとイエリの部屋で遊びました。イエリのアルバムを見せてもらったり、ピンが韓国で使っていた教科書を見せてもらったりしました。イエリは17歳なので、今からギムナジウムへ行くのは無茶だということでインターナショナルスクールに通っていますが、ピンはまだ14歳なので、ギムナジウムの9年生に編入しました。ピンは、ギムナジウムの勉強、特に数学が難しくてついていけない、と言って、韓国で使っていた教科書を見せてくれたのでした。

 ギムナジウムへ編入する際、ヴェラ(Lessing-Kolleg)の先生に、「9年生ではドイツ語力でついていけないから、8年生からやった方がいい」と言われていましたが、ピンは「9年生に入る!」と言って聞かなかったのでした。

 しばらくして、お母さんの呼ぶ声がしました。庭でバーベキューをするから、上がってくるように、とのことでした。準備ができるまで、ピンが韓国語の新聞を持ってきて、それを見ながらおしゃべりしたりしました。

 バーベキューの準備ができて、始めました。思う存分食べ、その後、きよちゃんとピンはキャッチボールを始めました。

 あっという間に5時になり、お父さんが5時半過ぎには帰ってくるから、お父さんがフランクフルトまで送ってくれる、というので、帰ってくるのを待つことにしました。6時半の電車で帰るつもりだったので、5時半なら充分間に合います。ところが、帰ってきたのは6時少し前、急いで車に乗り込み、フランクフルトの駅へ向かいました。ピンとイエリももちろん一緒に。駅までだいぶ近づいてきましたが、そこで渋滞に巻き込まれてしまいました。結局6時半の電車には間に合わず、1時間待つ羽目になってしまいました。

 火曜日、いよいよ日本へ帰ります。きみちゃんも同じ日に帰ることになっていたのですが、きみちゃんはフランクフルト発の飛行機で、先に出かけました。私達は、帰りの飛行機はオープンジョーでローマから帰ることになっていたので、ローマへ行かなければなりませんでした。電車でローマへ行くには、夜行に乗らなければなりませんが、夜行列車はもうこりているので、飛行機で行くことにしました。余計な出費になってしまいました。

 昼1時過ぎのアリタリア航空でローマへ入り、4時間のトランジットの暇をつぶし、6時過ぎのチューリッヒ経由のシンガポール航空に乗り込みました。シンガポールへは約14時間、私達の前の席に小さな子供二人がおじいさんと座っていて、消灯を過ぎると、片方の子が大声で泣きまくり、お母さんを呼んでいます。お母さんは離れた席に座っていて、一度様子を見に来て、また席へ戻ってしまいました。でも、子供はまったく泣き止まず、ますます大声で泣き叫んでいます。その席一体の人たちはかなり迷惑を被りましたが、スチュワーデスも様子を見にきもせず、その子が泣き疲れて寝るのを待つしかありませんでした。

 シンガポールでは7時間くらいのトランジット、深夜発の関西空港へ向かうシンガポール航空に乗り、日本へ向かいました。