簡易寝台車での出来事

ヴェルサイユ宮殿の中庭
Sonntag, 04.- 05. Juni. 1995
今日はコペンハーゲンを出発してパリに向かいます。まだ明るい夕方(夜?)8時過ぎの列車に乗りました。今回は簡易寝台車をちゃんと予約しました。あんなに気に入ったコペンハーゲンを去るのはなんとなく淋しい気持ちでした。でも、他の国も見てみたいという期待もあります。
列車に乗り込んで早々に寝台の用意をしました。6人用のコンパートメントで、4人は揃いましたが、最上段の二人は荷物だけおいてどこかへ行ってしまいました。12時過ぎに列車は船の中に入りました。これからドイツに渡るのです。行きは疲れていて列車を出て船に移ることはしなかったので、今回は列車を出てみることにしました。甲板へ行ってみましたが真っ暗で怖いだけでした。カフェがあったのでカフェでジュースを飲みました。ほとんどの人が列車から船に移ってきていて、カフェは大賑わいです。40分ほどでドイツに到着、また列車に戻りました。
二人(イギリス人女性とオランダ人女性)はもう既に寝ていて、あとの二人は戻ってくる様子がありませんでした。だから鍵を閉めないで、それからすぐ寝ました。5時過ぎ、なんか嫌な予感がして目が覚めました。壁と私の間に置いて毛布をかぶせてあったはずの私のリュックがないのです。慌てて起き上がりました。見渡してみると床にリュックが落ちています。
まさか!! 私の嫌な予感は的中しました。リュックを開けたら、中味がバラバラに入っているのです。私は几帳面な性格をしているので、いつも入れ方は一緒なのです。それが、一目見て違う入れ方なのです。私は焦ってリュックを逆さにして中味を全部一気に出しました。パスポートは車掌に預けてありました。トラベラーズチェックは無事でしたが、財布がないのです。カードや免許証など全て入っている財布だけがないのです。びっくりして、上に寝ているきよちゃんのリュックも確かめてみました。きよちゃんは足でリュックを押さえてはいましたが、フタがあいています。まさか、きよちゃんの財布まで?!と思って中を手でさぐってみました。きよちゃんは私と正反対の性格なので中味は滅茶苦茶に入っています。手でさぐっても財布はないようでした。あー、やられた・・・・、そう思いながらきよちゃんを起こしました。「財布、盗まれてる!」
きよちゃんも慌てて起きて、自分でリュックを調べてみたら、底のほうに財布はありました。犯人も見つけることができなかったほどの滅茶苦茶な入れ方をしていたリュックに入れていた財布は無事でした。ただ、私の財布はありません。私達二人がやられたなら、残りの二人もやられている可能性があります。二人を起こして聞いてみました。けど、盗られていないようでした。イギリス女性が言うには、2時頃トイレに起きたら鍵が閉まってなかった、というのです。それは私達が後の二人の為に閉めなかったんだ、と言ったら、そういう場合は閉めちゃっていいのよ、と言われました。その後彼女は鍵を閉めた、というのです。私はショックで、とりあえず車掌に事情を説明に行きました。が、こういう事はよくあるようで、「見つかったら知らせるけど、諦めたほうがいい。」と言われました。何がショックって、お金は80DMしか入っていませんでした。それは別によかったのです。ただ、カード類と免許証を返して欲しかったのです。しかも、買ってまだ2週間しかたっていない財布。お金はあげるから、財布を返して!!そう思いました。
とりあえず、警察にとどけなければいけません。車掌に言われた通り、アーヘンで一度降りて鉄道警察に届けました。きよちゃんも焦っていて、「ぼく達、財布を盗みました!」と受動形にせず言ってしまう始末です。警察も「へっ?!」という顔をして、「落ち着いて、落ち着いて。」となだめてくれました。やっと落ち着いて事情を説明しました。乗っていた列車、席番、どういう状況だったか、何をどの辺で盗まれたか、など。海外旅行保険に入っていたので請求しなければなりません。というより、請求しなければ気がすみません。証明書を出してもらって、「まぁ、気を落とさないで。Gute Reise!(よい旅行を!)」と言う言葉を聞きながら警察を出ました。
4時間後の列車に乗り、パリへ向かいました。列車から見るベルギーの街並がとてもきれいで、落ち込んでいた気持ちも少し楽になりました。
夕方6時過ぎにパリ北駅へ到着。出口が見つからなくて駅から出られず、売店の人などに聞いてもみんな違うことを言います。しかも言い方が冷たいのです。「もう、忙しいんだからあんた達の質問なんかに答えたくないわよ!」という感じです。やっと出口を見つけ、インフォメーションも見つけましたが、時間はもう7時。頼みのインフォメーションは既に閉まっていて自分達でホテルを探さなければなりませんでした。でも私達はパリのガイドブックなど持っていなかったし、5年前のきよちゃんの記憶と、きよちゃんの頼りないフランス語だけが頼りでした。