ミラノへ

ミラノのドゥオーモ
Freitag , 09.Juni . 1995
今日はミラノへ向かいます。少し早めにホテルをチェックアウトしまして、モントルーの駅に向かいました。電車に乗り、いざイタリアへ。ユーレイルユースフレキシーパスは、モントルーに向かう時に、検札でチェックされなかったので、「7」を「9」に書き換えて使いました。検札も、日本人の書く数字に惑わされたのか、何も言われませんでした。とりあえず、一安心です。最初は、アルプスの山々の間をぬって走る列車から見る景色がきれいで眺めていましたが、昨日の夜、怖くてあまりよく眠れなかったのでいつの間にか寝てしまいました。
国境の手前の駅に付いて、パスコントロールのためにしばらく停車します。この辺はスイスの中でもイタリア語圏です。駅のあらゆる標識はイタリア語−ドイツ語−フランス語の順で表示されています。結構長い間停車しました。うーん、さすがイタリア語圏・・・。発車するまでは起きていましたが、また寝てしまいました。
しばらくして目を覚ますと、まわりはイタリアの景色でした。スイスとは全く違う景色です。ミラノ中央駅に到着、駅で両替しました。100リラ=5.71円で、30,000が525,000リラになりました。私達が持ってきた唯一のガイドブック、イタリアの「地球の歩き方」で、清潔で親切と紹介してあり、シャワー共同のツインが78,000リラと出ていた良さそうなホテルに目星をつけていたので、駅から歩いてそのホテルを目指しました。10分くらい歩くとそのホテルはあって、エレベーターで5階まで上がりました。ホテルというよりも、ペンショーネでした。主人らしい若い男の人が出てきて、きよちゃんが「ツインの部屋はあいてますか?」とイタリア語で尋ねました。すると、「何日泊まるの?」と聞かれたので、「3日。」と答えると、「3日はいいけど、1日目と2、3日目で部屋を変わるなら大丈夫だよ。」と言われました。どうも、3日通して泊まれる部屋がないらしいのです。しかも、部屋代が上がっていて、85,000リラだと言うのです。私達が決めかねていると、通路を挟んで反対側にあるもう一つのペンショーネの人に向かって、「エヴァ、そっちに3日泊まれる部屋、あったよなー?」と叫びます。「あるわよー!」と返事が返ってきて、「あっちなら同じ値段で3日間移動せずに泊まれるけどどうする?」と聞かれました。もちろん私達はそっちにとまることにしました。そっちへ言って、チェックインします。こちらは女主人でした。きよちゃんがイタリア語をしゃべることに喜んで、色々聞いてきてきよちゃんも楽しそうに話していました。部屋はフロントを兼ねている部屋とバスルームを挟んで隣の部屋でした。「バスルームはここを使ってね。空いてるときはいつでも使っていいから。」と説明してくれます。
部屋でひと休みして、外に出ました。「どこへ行くの?」と聞いても、「まぁ、いいから。」ときよちゃんは教えてくれません。しばらく歩いてメトロの駅に到着、メトロに乗りました。3つ目の駅で降ります。駅を出る階段を上がっていくと、真横に大きい白いゴシック建築が目に入りました。「うわー!ドゥオーモだ!!」と思わず声を上げてしまいました。私はこのドゥオーモを見るためにミラノへ来たのです。「あれ?ここじゃなくて、正面の出口に出ようと思ったのに。」ときよちゃんが悔しそうに言います。もう夕方だったのと、「今日はとりあえず見せてあげようと思っただけだから。」というきよちゃんの言葉もあって、中は見学しませんでした。とりあえず、ドゥオーモの周りを一周して、ドゥオーモの横にあるデパートに入りレストランへ。窓際の席に座り、きよちゃんは「リゾット アッラ ミラネーゼ」を頼み、私は、やっぱりイタリアに来たからにはスパゲッティよねー!と、「スパゲッティ アル ポモドーロ」を食べました。憧れのドゥオーモを眺めながら食べるスパゲッティは最高でした。