最後の晩餐を見に行く

最後の晩餐

最後の晩餐
(レオナルド・ダ・ヴィンチ作/サンタ・マリア・デッレ・グラッツィエ教会)

Freitag - Samstag , 9 -10.Juni . 1995

 食事をした帰り、ホテルに帰るためにメトロに乗り3つ目の駅で降りました。上がる階段を間違えてしまい、変なところに出てしまったのです。もう当たりは薄暗く、ホテルでもらったミラノの地図も持ってきていませんでした。とても広い道路なのに、車の通りはほとんどなく、道路沿いには公園のような緑が広がっています。「こんな所あったっけ?」という、訳の分からない状態です。ホテルの方向が検討もつかず、私は「もう一回メトロに戻って、来るとき入ってきた入り口を探そうよ。」と言いましたが、きよちゃんは「戻るのはいやだ。」といつもの悪い癖。とりあえず、歩き回り、車が通ってる道を見つけ、どうにか来るときに入った入口をみつけ、無事帰ることができました。

 今日(10日)は、ドゥオーモと「最後の晩餐」を見に行く予定になっていました。まず、最初にドゥオーモまで行きましたが、中は見ませんでした。ガレリアを歩き、ガレリアを抜けるとそこにはスカラ座がありました。中を見られるようでしたが、たくさんの人が並んでいたので、外観だけ見てメトロへ向かいました。ノルド駅まで行き、そこから歩いてサンタ・マリア・デッレ・グラッツィエ教会へ行きます。きよちゃんの6年前の記憶を頼りに歩いていきますが、「あれ?ない。この辺のはずなんだけど・・・。」という状態・・・。一本道を間違えていたようで、行きすぎていました。

 やっと見つけて、いよいよ中へ。入館料は6000リラで、300円ほどです。入口など、とても厳重にできていて、一度に中に入れる人数まで制限されています。まず15人ほどが一つ目の扉の中に入ります。その扉が完全に閉まってから次の扉が開くといった状態です。やっと「最後の晩餐」の絵のある部屋にたどりつきました。現在修復中で、まだ完全な修復はされていませんでしたが、壁一面にあるその絵は、とても大きなものでした。私達が持っていたカメラは、暗いと自然発光してしまうカメラだったので、写真を撮れないと思っていたら、やはり数人の人たちはフラッシュをたいて撮っているのです。「えーい、私達も撮っちゃえ!」とフラッシュをピカッと光らせて撮った瞬間、「ノーーー!フラーッシュ!!」と係員の人が叫びます。「なんで私達だけ・・・。」と言いつつも、「ま、いっか。もう、撮っちゃったし。」と開き直りました。その貴重な写真が上の写真です。

 それからまたドゥオーモ前に戻り、モンテ・ナポレオーネ通りへ。ここは、イタリアブランドのヴェルサーチや?(ブランド物には疎いので、覚えていない・・・)などの本店が軒を連ねている有名な通りだそうです。もう、夕方で、お店はみんな閉まっていたので、とりあえず、ウインドウに飾ってあるものだけ見ることにしました。私にはどれも高く見えるのですが、神戸出身でブランド物に敏感なきよちゃんは、「安い!」と感動していました。

 ホテルに戻り、ホテルの隣にあるリストランテ(レストラン)へ行きました。奥の方の席に案内されました。そのさらに奥には予約席らしい席が20席くらい用意してありました。日本人か聞かれ、そうだと答えると、日本語メニューを持ってきました。「ここって、そんなに日本人がたくさんくるのかなぁ?」と不思議がっていると、聞き慣れた言葉が耳に入ってきました。日本人のツアー客がその予約席に案内されてきたのです。「うわぁー、日本人だーー!」と思いつつ、観察することにしました。添乗員のお姉さんが、メニューの説明をしています。そして、極めつけに「ミラノなので、メインはカツレツです。デザートはさっぱりとフルーツポンチです。」と言っていました。私達はおかしくてさらに観察を続けました。どうやら、まだツアーの初日らしく、まだみんなよそよそしい感じでしたが、時間がたつにつれてなごやか(?)な雰囲気になっていきました。新婚旅行の人たちが3組ほどいてペアルックを着ているし、老父婦がいたり、女性同士だったり、10組のその日本人は、仲良くしゃべっていました。食事が済むと、いっせいにトイレに並びます。女性はみんなバックをたすき掛けにしていて、トイレに列を作っているのです。「きっと、添乗員にトイレに行っておくように言われてるんだよ。トイレが少ないから。」同じ日本人である私達は、笑ってしまいました。何人目かのおばさんが、トイレから出てくるなりそこを通りかかった店員をつかまえて「トイレットペーパー、ノー!」と言っています。「おいおい、それは日本語だよ・・・。」と私達は苦笑。店員も呆れていますが、いつものことなのでしょう、気にしていないようでした。店員のお兄さんが私達の横を通った時に、「いつものことだよ」と笑って話しかけてきます。私達がおもしろがっているのが分かったようです。