フェラーラでの苦戦

チロル・ボルツァーノ祭り(エステンセ城裏)
Donnerstag , 15.Juni . 1995
朝、ヴェローナからフェラーラへ向かいました。ヴェローナからフェラーラまでは、およそ2時間で、運賃は一人13,600リラ(700円くらい)です。きよちゃんは、列車の中でも、お尻がかなり痛そうでした。
フェラーラへ到着して、バスで町の中心に向かいました。駅からは近代的な建物が続いていて、城の近くまで来ると一変して中世の町並みが広がっています。インフォメーションがエステンセ城の近くにあるというのは分かっていましたが、バスもどこで降りればいいのか皆目見当がつきません。バス内は日本のような放送もなく、バス停とバス停の距離も長く、エステンセ城がどういう建物かも分からないので通り過ぎても分からないだろう、と思っていました。しかも、駅の前の公園を巡回して町の中心に向かったので、かなり長くバスに乗ってるような気さえしました。通り過ぎたら困るから、この辺で降りよう、と降りて、道を歩いてる人にエステンセ城はどこか聞くと、まだ2〜300メートル先だよ、と言われました。
しょうがないので、公園の遊歩道をとぼとぼ歩いていくと、エステンセ城がありました。「あったー!これがエステンセ城だ!」なーんだ、通り過ぎれば充分分かりすぎるほどお城の形をしてるじゃない、バス、降りるんじゃなかった・・・。さて、インフォメーションはどこだろう?「地球の歩き方」によるとエステンセ城の並びの100〜200メートル先にあるような地図でしたが、ありません。また道いく人に尋ねると、「そこよ。ほら、あそこ。」と通りの反対側を指さします。な、なにーー!?「地球の歩き方」は一番大事なインフォメーションの地図を間違っていたのでした。
インフォメーションへ行き、ホテルを探してもらいました。手頃な値段で三泊できるホテルは全て満室で、今日だけ、とか、明日だけ泊まれるホテルはありましたが、それでは困ります。きよちゃんが、地球の歩き方に載っていたホテルに電話して、部屋が空いてるかどうか聞くと、二泊ならできるという返事が返ってきました。もう一度、インフォメーションのお姉さんに交渉しますが、やはり「ない」という返事。何やら、週末にかけてイベントがあるらしく、ホテルはどこもいっぱいだというのです。悩みに悩んだ挙げ句、もう一度さっきのホテルに電話して二泊でいいから泊まることにしました。
そのホテルはエステンセ城の横の道を入り、ドゥオーモの前を通り過ぎたところにありました。立地条件はバッチリです。朝食なしで85,000リラ、二つ星のホテルでしたが、あまりきれいなホテルではありませんでした。
とりあえずお腹が空いたので、歩いていくと、ピザ屋さんがありました。もう3時だったので、無理かもと思いながらも、まだ大丈夫か聞くと、「いいよ」という返事が返ってきたので、そこでピザを食べることにしました。が、メニューを見ても、さっぱり分かりません。マルゲリータを頼めば確実なのに、私は「サラダのピザ」というのをたのんでしまいました。どんなのがくるのかなー、と楽しみにしてると、ほうれん草やトマトなどの生の野菜がピザ生地の上に乗ってるだけでした。大きさは10インチくらいあって、値段は80,000リラほどです。きよちゃんも適当にたのみましたが、運良く、ハムとキノコのピザで、そっちの方がよかったなー、と後悔しました。私達の席の隣では、お店の人たちが昼食を取っていました。生ハムメロンに、数種類のパスタを食べています。なんだ、店員の方がいいもの食べてるなー、と悔しい思いをしました。
それからドゥオーモの方へ戻り、ジョバンナの家へ電話すると妹が出て、「フォルリからまだ帰ってきてないの。6時か7時に戻るってさっき電話があったわ。」と答えたそうです。エステンセ城の裏では、何やらきれいな服をきた男の人たちが旗を振って踊っていました(上の写真)。どうやら、お祭りのようです。いい時に来たもんだなぁ、と思いましたが、ホテルが取れなかった原因でもありました。