ジョバンナ家で大阪万博の8ミリを見る

ジョバンナ家の教会の天井

ジョバンナ家の中にあるミニ教会の天井

Samstag , 17.Juni . 1995

 夕方、ジョバンナの家に戻り、リビングでくつろいでいると、ジョバンナの家族が外出先から帰って来たので、お父さんと、お母さんと、妹のジュリアに挨拶しました。

 夜、7時から夕食を食べました。ジョバンナ家では夜は軽くしか食べないようで、野菜がメインの食事でした。私がのろのろ食べていると、お父さんが喜んでいます。ジョバンナもジュリアもお母さんも食べるのがすごく早くて、お父さんがどんなに早く食べても、いつも最後になってしまうそうです。ところが、今日は私がいるので、「今日は最後じゃないぞ!」と喜んでいたのでした。デザートにアイスクリームを食べながら、いろいろ話をしました。ジョバンナが家族の質問をドイツ語になおしてきよちゃんに質問して、きよちゃんも極力イタリア語で答えていましたが、細かいところはドイツ語で言って、ジョバンナがイタリア語になおして家族に説明します。きよちゃんの痔の話になって、お母さんが、「あら、お父さんも前に痔になって、大騒ぎしたのよ。」と言います。食事が終わったあとに、ジョバンナが座薬を持ってきて、「前にお父さんが使っていたのがあまっていたから、きよし、あなたにあげるわ。私はあまり好きじゃないんだけど。」と言って、その座薬をくれました。

 それから、お父さんやお母さんが、家の中(ジュリアが使うピアノを置いてあるもう一つのリビング、お父さんの書斎、お父さんの部屋)を案内してくれました。お父さんの書斎では、ジョバンナの家(ツァナルディ家)の家系図を見せてくれました。お父さんの部屋に、農場で使う大きなトラクターの写真がついているマッチがあり、お母さんがそれを手にとって、「これは、私のお父さんの会社で作ってるトラクターなのよ。」と言っていました。

 お父さんが、「そうだ、8ミリでも見ようか。」と言って、ピアノの置いてあるリビングに行って、8ミリをみる準備を始めました。最初にジョバンナが小さいころの8ミリを見て、「あら、日本に新婚旅行に行ったときの8ミリもあったわ。」とお母さんが言います。ジョバンナの両親は、1970年に結婚して、新婚旅行で日本に来たそうです。その時に大阪で万博がやっていたので、そこに行った時に撮った8ミリがあったのでした。それも見せてもらいました。お母さんが、「あ、これが私よ!若いでしょ?」と、はしゃいでいます。お父さんは、撮っていた方なので、あまり映っていません。8ミリの映写機が、もう古いので、少し見続けると熱を持ち過ぎて、電球が消えてしまいます。少し冷まして、また続きを見ます。それを繰り返してるうちに、お父さんとお母さんは新婚気分に戻ったようで、二人で「あの時は・・・」という話が続き、ジョバンナが私達に、「もう、きりがないから、あっちに行こう。」と言って、リビングに戻りました。

 それにしても、まさか、私が1歳の時に大阪でやっていた万博の8ミリを、イタリアで見ることができるとは、思ってもみませんでした。

 少しして、お父さんとお母さんもリビングに戻ってきて、「きよし達は、明日、出発するの?」と聞きます。きよちゃんが、そのつもりでいると言うと、「急いでないなら、もう一泊していったら?お尻にもその方がいいでしょう?」と、言ってくれたので、好意に甘えて、明日ももう一泊することにしました。