フィレンツェへ

ポンテベッキオとアルノ川

ポンテベッキオとアルノ川

フィレンツェの地図(155kb)

Freitag , 23.Juni. 1995

 リミニの駅でフィレンツェまでの切符を買い、ボローニャへ向かう電車に乗りました。ローカルな路線なので、電車もそんなに混んでいません。ジョバンナが通っている大学のあるフォルリを過ぎ、F1が開催されるイモラも通りました。2時間弱でボローニャへ着きました。ボローニャでは1時間弱の乗り継ぎ時間がありましたが、外は相変わらずの大雨だったので、外には出ず、駅構内にあるマクドナルドに入り、ハンバーガーを4個買いました。店内はすごく混んでいたので、立ったまま食べて、ホームへ戻りました。

 電車が来る時間になっても電車が来る気配はありません。20分たってもきません。ホームは私達と同じ電車に乗ろうとしている人たちでいっぱいです。30分たった頃にようやく電車が入ってきました。でも、その電車に乗ろうとする人はほとんどいません。一応乗ってみましたが、すいていて、まだ発車する気配もなかったので、乗ってる乗客に切符を見せて、この電車であってるか聞くと、「この電車はフィレンツェには行かないわよ。」と言われ、なんだ、そうだったのか!と、電車を降りることにしました。きよちゃんはすぐに電車を降りられましたが、私が降りようとした時に、乗って来ようとする人を助けるふりをしたこぎれいな格好をした初老のおじさんに出入口をふさがれました。しょうがない、この人がどくのを待とうとそのおじさんの後ろに控えていると、”カチャッ”とかすかに私のリュックを開ける音がしました。私が思いっきり後ろを向くと、やはりこぎれいな格好をしたうさんくさそうな男が知らんぷりをしています。幸い(?)、私はコペンハーゲンからパリへ向かう電車の中で、すでに財布を盗まれていたので、財布は持っていませんでしたが、リュックを開けられたことに腹が立ちます。日本語で、「あんた、今、私のリュックをあけたでしょ!!」とまくしたててやろうかと思いましたが、反対に、「ふん、私は財布は持ってないんだよ。ざまーみろ!」という思いもあったので、睨むだけにしておきました。

 それから無事、その電車を降りて、ホームで電車を待っていると、10分くらいして電車が入ってきました。乗り間違えた電車とは大違いで、すごく混んでいます。今日は雨で電車がすごく遅れているらしく、本当は、この電車も私達が乗るはずの電車ではありませんでした。しかも、この電車は特急だったので、私達が買った切符では追加料金がとられます。でも、いつその電車が来るか分からないので、乗ることにしました。席はもちろんどこもいっぱいで、通路にも人があふれている状態です。この電車の行き先が、ローマというのも、混んでる理由の一つのようでした。6月の平日だというのに、みんな仕事や学校はどうしたんだろう?と疑問に思うくらいたくさん乗っています。電車の中で特急の追加料金と車内精算料(一人につき15,500リラ=約800円)を取られました。

 3時半頃、フィレンツェに到着しました。きよちゃんが6年前にハイデルベルクの語学学校へ行っていた時に寮で同室だったエンリコがフィレンツェに住んでいます。エンリコときよちゃんは今でも大親友で、今回も会う約束をしています。エンリコは国際弁護士の見習いをしています。3年間は給料はもらえなくて、3年ただ働きしてやっと試験が受けられるそうです。今日はきよちゃんが来るから、ということで、4時半には仕事を切り上げるよ、という話だったので、とりあえず駅で時間をつぶすことにしました。家に電話しても、普段は、こんな時間なのになんで家にいるんだ?!と思ってしまう、お父さんもお母さんもいません。5時半を過ぎても帰ってきてる様子はないので、とりあえず、ホテルだけでも決めよう、と、駅にあるツーリストインフォメーションへ入りました。インフォメーションの中はとても混んでいました。今まで滞在してきた街とは違い、やはりホテルの相場が違います。今あいてて、一番安いところは、100,000リラだというので、しょうがないのでそこに予約を入れてもらい、ホテルへ向かいました。

 寂しい感じのする小さい通りにそのホテルはありました。部屋へ案内してもらいます。案内された部屋は、通りに面していて、縦長の広い部屋(16畳くらい)です。電気は、ベットの置いてある側の方(部屋の片側)にしかついていなくて、通り側は、窓から入る光しか、明かりがありません。夜になったら怖いだろうな、という感じです。しかも、部屋の通り側半分の壁に宗教画のような感じの絵が一面に描いてあります。その壁の前には柱も立っています。建物自体はすごく古いのですが、シャワーやトイレなどの設備は新しいものでした。昔はこの部屋は礼拝堂か何かに使われていたのでしょうか?部屋も広くて、設備もいいのに、安い理由が分かるような気がしました。

 荷物を整理して、7時頃、ご飯を食べに行くことにしました。エンリコに電話をすると、弟のロレンツォが出て、「8時半には帰るって伝えておいてくれと言われた。」と言われたそうです。8時半過ぎにもう一度電話をすると、やっとエンリコがつかまり、「今日はどうしても抜けられなかった、明日は必ず会おう。ピアノのレッスンが終わったら、ホテルへ迎えに行くよ。」という話でまとまりました。このホテルは、なんとなく怖いので、明日は、自分たちで探してホテルを変える予定です。