マールブルクへ帰る

電車から見たオーストリア(チロル地方)とイン川
Donnerstag-Freitag , 29-30.Juni. 1995
いよいよマールブルクへ帰ります。学校からは30日に寮に戻る許可を得たので、29日にフィレンツェを発つことにしました。昼間移動することにしたので、2日間かかります。夜行列車で帰れば、29日の夜に出ればすむのですが、寝台列車はコペンハーゲンからパリへの移動中に財布を盗まれたのでこりてしまいました。しかも、イタリアから帰る列車だから、なおさら危なさそうだし、パリからモントルーへ移動した時に検札で得したから、ユーレイルパスをもう一日使えるので、2日分あまっています。昼間移動すれば景色もきれいだし、ゆっくり移動しよう、ということになりました。
帰る経路が二通りありました。ミラノ、バーゼルを経由してフランクフルトへ向かうのが一つ、ボルツァーノ、ミュンヘンを経由してフランクフルトに向かうのが一つ。ミラノ経由で行くと中間点がスイスになってしまうので、スイスに泊まらなくてはなりません。スイスだとまたスイスフランに両替しなければならないし、物価が高いから、とても今の残高では泊まれそうにもないので、ボルツァーノ経由でミュンヘンに泊まることにしました。
10時過ぎにフィレンツェを発ちました。電車はすいていて、ヴェローナを過ぎると乗ってくる人もほとんどいなくて、降りる人ばかりです。コンパートメントは貸し切り状態でした。ミュンヘンまで8時間かかるので、暇です。ここでもまた、ミラノで買ったトランプが大活躍です。
国境駅ではパスコントロールがあり、係りの人が各コンパートメントをまわります。私達のコンパートメントにも来たので、パスポートを出そうとすると、「日本人?」と聞かれたので「そうだよ。」と言うと、パスポートも見ずに「OK!」と言って行ってしまいました。あー、日本人って得だわ〜、などと思ってしまいました。
しばらくするとオーストリアに入ったようで、景色がガラリと変わりました。とてもきれいな景色です。山の合間をぬって列車は走ります。インスブルックに停車して、インスブルックを出ると、線路に沿ってイン川が流れています。エメラルドグリーンで、流れも速いイン川。そのイン川と川の向こうに見える景色をながめていると飽きませんでした。途中、何度か橋を渡りイン川は電車の右側を流れたり、左側を流れたりしました。列車は、かなり長い距離、イン川に沿って走っていました。
夕方6時にミュンヘンに到着しました。ツーリストインフォメーションへ行き、ホテルを探します。今回は泊まれればどこでもよかったので、条件も特になく、安いところを探してもらいました。トイレ・シャワー共同の80DMのホテルが見つかり、そこにしました。駅から歩いて7〜8分で、フロントで鍵をもらい、言われたとおりの階へ行って部屋を探しますが、部屋がありません。またきよちゃんが怒り出して、フロントに聞きに行きます。また違うことを言われ見つかりません。次もまた違うことを言います。でも、部屋番号からして、言ってるところと違うので、私が部屋番号をたよりに見つけだしました。
なんてひどいホテルなんだ!と思いつつも、まぁ安いんだからしょうがない、と心を落ちつけて、トイレとシャワーの場所を確認に行くと、トイレの窓(ドアではない)は割れているし、これがまた汚い・・・。廊下では若い宿泊客が座ってしゃべっているし、部屋のドアを開けっ放しで騒いでいたりします。ここは本当にホテルなのか・・・・、と疑ってしまうホテルでした。
それでも、久々のドイツの朝食、その朝食自体は結構おいしいものでした。9時半にミュンヘンを発つ予定でしたが、早く起きたし、用意できたので、1時間早い電車に乗れそうでした。
ミュンヘンからニュルンベルク経由でフランクフルトへ向かいます。私達が座ってるコンパートメントは、最初は私達二人だけでしたが、途中の駅でアメリカ人の家族が4人入ってきました。アメをくれたりして、少し話しました。ニュルンベルクに着き、上品ぶった夫婦が私達のコンパートメントに来て、アメリカ人の家族に向かって「ここは私達の席だ!」と主張し出しました。彼らはドイツ語が話せないので、きよちゃんが「ここは自由席だから、あなた方が間違ってますよ。」と言うと、奥さんの方が「いいや、ここは私達の席だ。予約したんだ。席番号はここであっている!」と言います。私達も不安になって、コンパートメントを出て何号車か、何等車かを確かめて見ますが、8号車の2等車でした。どうやら、8号車の一番はじのコンパートメントだったので、他の号車と間違えているようです。旦那さんの方がそれに気付いたらしく、奥さんをなだめて、謝りもせずに行ってしまいました。
12時半過ぎにフランクフルトに到着しました。列車を乗り換え、マールブルクへ向かいます。